トルコ旅行記20052日目 ISTANBUL
 午前8時30分、ホテルを出発。午前中はイスタンブール市内観光。イスタンブールはボスポラス海峡をはさみアジアとヨーロッパにまたがった都市。緯度は北緯41度。青森県と同じ緯度。どうりで4月でも寒いわけだ。 東西文明の接点でエネルギッシュな大都会、そしてオリエント急行の終着地(パリ発)ヨーロッパ側は、金角湾(きんかくわん)をはさみ、北を新市街、南を旧市外と言う。金角湾の名前の由来は、細長い角のような形の湾で、夕陽が沈む時に金の角のようにキラキラ輝きとても美しいのでこの名前がついたそうだ。是非見たかったが着いたのが夜で残念。さあ、トルコで買い物をするぞ。主人も服を買うつもりらしい。服、帽子、小粋な小物、たくさん土産を買って帰るぞ。主人に何を言われても買うぞ。楽しみ。フフフ・・・「飛んでイスタンブール」も歌うぞ。陽射しはきつくサングラスをかけていたが、風は冷たく寒い。でも、5月がトルコでは最も良い時期で、八重桜のような大きなピンクの花や、アジサイに似たかわいい花など皆満開で木々も黄緑の新芽をつけていた。
 
 最初に
ブルーモスクを見学。正式にはスルタン・アフメット・ジャミイ(スルタンアフメットが建てた寺院)と言う。17世紀始に建立。オスマントルコ建築の極みと言われていて、6つの尖塔(ミナレット)を持つ荘厳なイスラム寺院。昔はお坊さんがミナレットに登ってそこで大きな声で説教をしていたらしい。今はスピーカーで流す。ミナレットの数が多いほどその寺院の権力、財力を示す。青い空にロケットのように空に向かってすっくと立っている白いミナレットを見上げ驚く。ブルーモスクという呼び名は、内装の青いタイルの柄(唐草模様や、花模様)が本当に目を見張るように見事な美しさなのでいつのまにかヨーロッパの人々に「ブルーモスク」と呼ばれるようになったそうだ。 
 
 靴を脱いでさっそくモスクの中に入る。すでに多くのヨーロッパ人達が見学していた。こんなに大勢の白人の人を見たのは初めて。ドーム型の高い天井や壁に本当に細かい見事な模様の青や水色のタイルがある。そしてまたまた驚いたのは、お祈り用の大きなじゅうたんが敷いてあり、一人分づつ区切って線が書いてあり、碁盤の目のよう。信者はその枠の中に座って時間が来るとお祈りをする。メッカの方向でしょうか?「お祈りの邪魔にならないように見学して下さい」と言う意味の注意書きがあった。大きな丸い柱にも驚く。 


                                    

 次は、トプカプ宮殿へ歩いて移動。ブルーモスクが後に見える。広い庭と展示室を見学展示室ではオスマントルコ時代の衣装や、生活用品、そしてあのモーゼの杖も展示してある。えー?あの紅海を真っ二つに分けたという杖がこれ?意外と小さくて(1メートルくらいの長さ) 頼りなかったが壮大な歴史のロマンを感じた。そして片隅では24時間コーランを読み上げているコーナーがあり、イスラムの偉いお坊さんのような人(白い衣装に白いベール頭に黒い輪)が、椅子に座り、小さい机の上の分厚いコーランを開きマイクに向かってお祈りの言葉らしいものを読んでいた。おそらく交代で読むのだろう。

 さすがイスラムの国だなあ。ここはトルコなんだなあと驚いたり感心したり。高台の庭に出てみると、花が満開で、眺めが良く眼下にボスポラス海峡が見えた。向こう側はアジアだ。こちらはヨーロッパ側(歴史地区)。本当に東西の交差点だ。私は今ヨーロッパに立っている。遠くに来たものだ。私は今すごいところに立っているんだと思ったものだ。午後は、バスで移動。首都アンカラを目指し450キロをひた走る。トルコは車輌は右側通行なので、バスの右側から乗り込む。変な感じ。途中トイレ休憩。0,5リラを入り口で支払う。簡易水洗が多い。トイレもお金を払って使用。日本では考えたこともなかった。
 
 午後2時ごろイスタンブールを出発。夜7時頃
アンカラのホテルに到着。ホテルは郊外にあり、周りに何もなく、宿泊のみ。夕食はホテルのレストランでバイキングレストランの入り口のステージでは、プレスリーのそっくりさんのショウをやっていた。(小肥りのところもそっくり) 主人は、入るなり、親指を立てて、プレスリーに挨拶をしていた。 ドイツ人らしい年配の団体客は、思い切り明るくはしゃいで楽しんだいるようだった。歌声に合わせてツイストを踊ったり、カップルでダンスをしていた。ごく自然に音楽に合わせて身体を動かしている。若い時から踊っているのだろう私達日本人旅行者は、おとなしく食事をしたり、歓談をしながら彼らをながめ、それなりに楽しんでいた。ラブ・ミー・テンダーの歌が流れている。

   
                       




 
                  トルコ旅行記2005 3日目に続く
トプカプ宮殿の中庭。
柔らかい日差しに
木々の若葉が揺れる。

トプカプ宮殿の庭園よりボスポラス海峡を望む。
トルコの旅
              いいものに出会えるって、素敵なことですね・・・。

 2005年4月末〜5月3日のゴールデン・ウィークに8日間の日程で、結婚30周年記念のトルコ旅行。
旅行のパンフレットには、神秘の国トルコ、東西文明の交差点トルコの活字。想像もつかない。
なんとなく不安だったが、この時期しかないと思い切って参加。前日、旅行会社の添乗員さんから、
「懐中電灯とタオルと水着を持って来て下さい。温泉のプールで泳げますから」 とのTEL。
なに?トルコで温泉?意外!! 少し安心する。でも、出発前夜は、さすがに、子供に、万が一に備え
生命保険書類等を渡す。何しろ、行き先は、トルコだから何が起こるか解らない。期待少し、不安が
多い・・・という心境で出発。
眼下に広がる天山山脈
壁紙はトルコ文様。
トルコ旅行記20051日目     OSAKA
 午前10時 関西空港から ウズベキスタン航空の飛行機で飛び立つ。157人の団体。 バス4台 修学旅行の気分。 少し安心する。私達は1号車。30代の女性の添乗員さん。さあ出発。いったい何が起こるのだろう。行くしかない ウズベキスタンの首都タシケント(中央アジア)まで8時間のフライト、途中眼下にモンゴルの天山山脈が見えた。雪におおわれて大変険しい山々が真下にあり、驚く。乗務員はロシア人、皆色白で金髪の美人もいる。英語で話しかけてくる。14時タシケント到着。1時間半後乗り継いでいよいよイスタンブールへ向かう。4時間のフライトだ。

 現地時間夜9時イスタンブール到着。時差は日本より6時間遅い。さあ。着いたぞ。現地の旅行会社(チグリス、ユーフラット観光)のガイドさんのクタイさんが出迎えてくれる。バスでホテルに向かう。もう、窓の外は暗かったがライトアップされた大きな石の城壁が見えてすごいなあと見上げた。さすがイスタンブールの歴史地区だと感じた。クタイさんはトルコの男性で大柄な30代の人。日本語、特に敬語も巧いので驚く。もっと驚いたのは彼が冬物のオーバーを着ていたこと。もう、5月がくるというのに冬物とは。トルコの人は寒がりなのかなと思った。後で聞くと、トルコは一日の寒暖差がとても激しく夜は特に冷え込むらしい。やがて、バスでコンラッドホテル着。ホテルでは、入り口で荷物の検査。テロが以前あったとかで飛行場の検査並み。ホテルのテレビに、日本のNHK衛星第2が映り、ニュースを観た。JRの事故の放送。またまた驚く。
〜トルコ旅行記2005〜