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    私の父親は、明治39年7月10日生まれです。錦帯橋にお父さんと
    初めて来たのは小学3年生の頃でした。お父さんの母方の伯父の柳井さん
    のお宅を訪問した際に、錦帯橋に連れて来て貰いました。柳井さんは、
    明治初期にハワイに移民し、成功された方で、私のお父さんの家は、商売の
    資金繰りに困っていた時、何回となく助けていだいたと、聞いていました。
    親戚の援助に疲れた柳井さんは、玖波を去り、岩国市今津に居を変え、
    再起を図り、陰徳の効により御子孫は、埼玉県で幸福に生活しておら
    れます。この橋を見る度に、柳井さんを思いだします。

ようこそ錦帯橋へ 日本三大名橋です。

   橋の真ん中の上に遠望のホテルは「岩国国際観光ホテル」です。
   お父さんの旧制中学の 同級生の方の一族が経営されています。
   不思議なご縁でご子息の方と、私はお話する機会に恵まれ、ご馳走になりました。
   キリッイトした立派な奥様でした。お年賀はいただき
   観光ホテルの写真は、私の宝です。私は、毛利氏より陶氏が好きですが、
   陰徳という言葉は、もっと好きです。満62歳になりましたが、古い昔流の価値観で
   人生の最後を迎えることを心掛けとしています。
   
   ここまで来ると、岩国郷土史の権威者「桂先生」を思い出します。
   岩国が生んだ陽明学者「東先生」の一生、柱島での幽閉、由宇での最後
  、歴史の悲しみを綴られた、桂先生の小冊子を30歳の頃、読ませていただきました。
   長州征伐に揺れる岩国藩、生きることに翻弄されるそれぞれの藩士、義に賭ける
   陽明学者それぞれにの生き様です。宇野千代さんの著作の中にも、
   明治維新後の庶民の生き様が垣間見えます。宇野さんも古いタイプの人ですネ。
    「錦川 周防の国を西へ西 今も昔も 心和ます 何を語ろう」 有難うございます