キャンプ    
 毎年夏になると、比較的近場のキャンプ場に、よくキャンプに行ったものだ。子供も大きくなって社会人となり親離れしていくと、私達夫婦には、何時までも子供のような犬のワンタが家にいて、いざキャンプということになると、必ずといっていいほど連れていったものだ。
 これも、随分前の話になるが、海辺のオートキャンプ場に連れていった時のことだ。 昼過ぎに着いてテントを張り、ひと泳ぎしてのんびりしていると夕刻となった。キャンプ場の風情は、この晩飯に備えての準備で
のテントも賑やかで、楽しそうで、やがてしばらくして、飯盒のご飯が炊ける匂いや風にのって来る炊事の煙の匂いやどこかでやっている焼肉の匂いとかで、それはもう楽しい一時なのだ。 こうして、我が家のテントも同じように楽しい食事を終え、見上げれば、夜空には満天の星。何時もキャンプに来てよかったなーと思う時間がこの時間だ。しかし、時として、キャンプ場のマナーをわきまえないやからもいて、夜遅くまで持参した花火で騒いでいるのだ。その花火のパーンという音にワンタは、何時も大変怯えて、なだめるのに一苦労する。しかし、とがめるほどの事も無く、結局花火の音のしないところまでワンタを連れていってなだめるしか手立てが無いのだった。
  夜もだいぶ更けてキャンプ場が静かになった頃、寝られないのかパーンとまた花火がなった。ワンタは、狂ったようにテントの隙間をすり抜けて、闇の中に駆け出してしまった。ワンタを探しに行ってもいない。そうして、花火も終わり時間は午前1時をまわる。遠くまで駆け出して、国道まで出ると車にも跳ねられかねない。そんな不安が頭をよぎる。車でキャンプ場、周辺の道路を低速で走りながらワンタの姿を探す。いない。諦めてテントまで戻った時、何やら動く物がいる。ワンタだった。ワン太が戻って来たのだ。このまま見つからずに朝を迎え、遠くの家まで帰ってしまえば、決してワンタは我が家までは帰って来れないだろう。 よかつた。よかった。 こうして、テントの中、二人と一匹が川の字状態で眠りについたのだった。
 





登山                    
 キャンプもよく行ったが、山登りもよく行った。
山登りしていて、いつも思うことがある。小さな身体をして、人間どもが、フゥフゥ、ハァハァ言っているのに、そんなことは一切言わない、弱音を吐かない。ただ、人間が再びスタートするのをジッと待っている。それどころか、獣の臭いでもするのか、草むらにも元気に飛び込んでいく。そんな余裕がどこにあるのか。こんな姿を見て、犬とか、ネコとかは人間と全く違った質の筋肉をしているのだと感心する。「それに4輪駆動だもんね」登山者達が感心して笑うのだった。
 ワンタは本来、山が好きだったのだろう。あの何とも言えない土の匂い、草の香り。獣が歩いただろう山道。ワンタもこの様な山道を登りながら、大昔のDNAが甦り、ひたすら、血が騒ぐのかも知れない。岩山に登った時、傾斜が険しい岩場で、小さな犬では登れない所があった。そういうところは、山登り仲間が手でワンタを抱えて、ホイホイとバトンタッチしながら上げてやるのだ。こんな調子で、フォローされながらどこでも山を上っていくのだから、恐らくワンタほど、多くの山頂からの景色を眺めた犬はいないと思う。
雪の日に散歩から帰ってくるとワンタの手足の裏はきれいなピンク色をしていた・・・
 肉球
 犬の手足の地面につく所を肉球というそうだ。人間であれば手の平、足の裏という所だ。肉球といういい方は何か面白い。確かに、棒のような手足の先にちょことついているものだから、どちらかといえば、球に近い。時々ワンタを抱き寄せて、ひざの上に座らせて、手足の先の肉球のころころ可愛らしいのをもんでやると、じっとしている。その先には爪が伸びて、よく散歩をするものだから、その先は磨り減ってまあるくなっている。犬の肉球は大体履物を履かずに外を歩いたり走ったりするものだから、黒く汚れている。玄関から上に上げる時、濡れた雑巾で拭いてやるのだけど、きれいには落ちていない。その黒く汚れた肉球が、年に何回か、きれいに、かすかにピンク色になることがある。それは、雪が積もった日の散歩の後だ。 ワンタは、雪の積もった日の散歩が大好きだった。雪が20センチほど積もった公園をピョンピョン元気よく走り回って 白い息をしている光景を今でも思い出す。散歩から帰って、玄関で体や手足を拭いてやる。 そうして、肉球を乾いたタオルで拭いてやると、本当に汚れが取れてきれいなピンク色になっていた。そして、冷たい雪の中で遊んだものだから、肉球が冷たく冷え切っているのだった。そんな時、手の平で包んで、ハァハァ温かい息をかけて、手足の肉球をしばらく暖めてやったものだ。





 キップ      
 何故か、ワンタは猫族に大変興味を持っていた。散歩に出てて、ネコが車の下にでもいれば、その場を離れない。じっと車の下に頭を突っ込み、ネコの出方をうががう。 その内、ネコが本気で怒りだし、威嚇に入ると、ワンタは、状況判断して、静かにその場を離れようとする。その状況をジッと観察するのは面白い。右の前足が地に着きそうで、着いていない。ワン太にとって、この時の状況が微妙なのがわかる。ここで、我が保護者としては、小石を拾って、ネコが襲ってこないよう、ネコに投げつける。人間が加勢するんじゃ勝てんとばかりネコは逃げ出す。大体、散歩に出かけるとこの様なパターンが多い。
 ある時、ピーンと何時も立っててかっこいいワンタの左側の耳の先が丁度、昔の国鉄キップをハサミでで切られたように端が切り裂かれているの見て子供に聞いてみると、ネコの爪で引っ掛けられたとのこと。もう血は出ていなかったが、ほんの少し切り裂かれている。大体、犬に比べて、ネコは気性が荒く、敏捷性もある。大方、しつこくネコに付きまとっててネコの爪でヒョイとやられたのだろう。こんな事があった後も、これまた懲りずに、相変わらずネコを追いかけているワンタ。 いいかげんにせえよと同じパターンで散歩する。
 ワンタは、時々寝ている時、何か夢を見ている。見ながら、手足が動いたり、小さな声で、「ワン」とか言っている。「ワン太が夢見とるでー」と聞くと「おおかた、また、ネコにでも追いかけられて逃げている夢でも見ているんだろう」と冷めた返事が返ってきた。その間もワン太は「ワンワン」と小さく叫びながら、夢の中でネコから逃げ回っているのだった。













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