日米協会の活動 [Activity]

【秋の講演と交流の夕べ】Lecture & Fellowship Party (at Sheraton Grand Hiroshima Hotel)

 「レンタカーから見たアメリカ」
          広島大名誉教授・文学博士 田中 久男氏

 Lecture:  America as Seen from the Car Rental
 Speaker: Dr. Hisao Tanaka

 2018年の秋の講演と交流の夕べが10月5日、広島市東区のシェラトングランドホテル広島であり、会員ら42人が交流を深めました。

 



 講演は広島大学名誉教授の田中久男さん(73)が、「レンタカーから見たアメリカ」と題して、専門の米作家ウィリアム・フォークナー研究などでアメリカを訪れた体験を披露。フォークナーの作品を通じて「自分を見つめ、謙虚になることの大切さを学んだ」と語りました。

また、日系アメリカ文学の作家トシオ・モリゆかりの地や第2次大戦中、日系人が収容されたユタ州の収容所跡などを自分の目で確かめるためにレンタカーやモーテルを利用して巡った経験を語り、「砂漠の真ん中を訪れるにも便利だし、アメリカ市民と肌で接することができた」と大陸ドライブの効用を強調しました。

2018年10月11日

高陽東高校 出前授業


 広島日米協会会員で広島YMCA国際ディレクターのスティーブ・コラックさんが9月10日、広島市安佐北区落合南の高陽東高校でアメリカの文化・風土についての授業をしました。 
 コラックさんは15人の生徒を前に、出身のシカゴ市の紹介からスタート。大リーグ野球のカブスやプロバスケットボールのブルズなどスポーツの盛んな土地柄、名物のピザの人気ぶりなどを説明し、生徒たちからの質問を英訳して、発音の指導もしました。
 後半はクイズ形式で、アメリカの議会の仕組み、祝日になっている有名人の名前、人気の4大プロスポーツなどを尋ね、大陸の歴史、文化をわかりやすく解説しました。3つのグループに分かれた生徒たちは正解を競い、ポイントを挙げるたびに歓声を上げました。
 同校は16年度から3年生を対象に学校設定科目として「世界事情」を開講。今年もアメリカをはじめインドネシアやオーストリアなど、広島に住む外国人たちを20人以上、講師として招く予定です。

2018年10月11日

【広島日米協会2018年度通常総会(理事会)・講演会・懇親会】Annual General Meeting(at ANA crowne Plaza Hotel Hiroshima)

『184年に及ぶ日米文化交流(1834-2018)』
  元広島女学院大学大学院教授 ロナルド D. クライン氏

Lecture:「184 Years of US-Japan Cultural Relationship(1834-2018)
Speaker: Mr. Ronald D. Klein

広島日米協会は2018年度の理事会・総会と懇親会(会員交流の夕べ)を、米国独立記念日に合わせて7月4日、ANAクラウンプラザホテル広島(広島市中区)で開きました。
総会には47人、講演会・懇親会には65人が参加し交流。市民レベルの日米理解の進展にさらに寄与していくことを確かめ合いました。

この日の講演は、当協会会員で元広島女学院大大学院教授のロナルド・クラインさんが「184年に及ぶ日米文化交流 1834-2018」のテーマで話しました。同じく会員の田北冬子さんの通訳を挟みながら、日本とアメリカをつないできた人々を、画像を交えながら紹介しました。

日米間の人の出会いとしてはジョン万次郎(中浜万次郎)が有名ですが、万次郎がホノルルを経てマサチューセッツ州に着く1841年より7年前の1834年、船の難破と長期の漂流を経て米国西海岸に漂着したオトキチ(音吉)という人物が第1号だそうです。
逆に、米の捕鯨船乗組員だったロナルド・マクドナルドは北海道の利尻島に上陸(1848年)。長崎での収監を経て侍たちに英語を教えるようになり、通訳を務めたといいます。

 教科書にもあるペリーの浦賀入港(1853年)、初代駐日総領事・ハリスの下田上陸(1856年)…と歴史は進みます。日本からは、勝海舟、福沢諭吉らが加わった万延元年遣米使節(1860年)が出向きました。明治維新後の1871年には岩倉具視を全権とする使節団が訪米。その中には「イワクラ・ファイブ」といわれた5人の女性がいて、最年少は後に津田塾大を創設した津田梅子でした。

文化の面でも、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が1890年に来日。松江などで暮らし「怪談」などを著しました。1899年、ニューヨークへ渡って演劇で人気を博した貞奴(さだやっこ)、映画スター、セッシュー・ハヤカワ(1914年渡米)もいました。チャーリー・チャプリンは1932年、映画「街の灯」の宣伝で来日。滞在先のすぐ近くで五・一五事件が発生したといいます。
 不幸な戦時期を挟み、日米の行き来はより盛んになりました。1952年、黒澤明監督が「羅生門」でアカデミー賞(外国語映画部門)を受賞。大相撲で高見山デビュー(1964年)、曙が横綱昇進(1993年)。イチローが大リーグ・マリナーズ入団、新人王(2001年)…。政治の世界でも米オバマ大統領が2016年、広島を訪れ、未来志向の平和への思いを語りました。
 クラインさんは「いずれも日米の関係を深めた。いま紹介した人以外にも多くの人たちが交流に貢献してきた」と述べ、幾人もの努力の積み重ねが両国の確かな友好につながっていくことを強調しました。



続いて懇親会(会員の夕べ)に移り、食事をしながら交流を深めました。広島を拠点に活動する「楽団とおりゃんせ」のステージもあり、好評でした。津軽三味線奏者こうのひとしさんと鍵盤奏者すみまいこさんの2人組ユニット。

津軽じょんがら節」や「リンゴ追分」といった民謡、「キャラバン」など米国ナンバーを多彩に演奏し、アンコールの「上を向いて歩こう」まで参加者は手拍子をしながら楽しみました。
 当日の食事にはアメリカンな巻きずし「カリフォルニアロール」も登場。日米文化交流を側面から盛り上げました。



2018年07月13日
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