広島日タイ友好協会 概要

 広島日タイ友好協会設立の動機は、1983年にタイ王室管理仏教青年会のブンヨン会長が熱望された『ヒロシマの証言』『予言』など、原爆の惨状を題材にした3本の映画フィルムを、多くの広島市民のカンパによって購入し贈呈したことに始まりました。

 核時代における『平和』の問題を中心に交流が始まり、翌年2月に有志がタイ国を訪問、同年7月に『広島日タイ友好協会』が設立されました。

 当協会の設立総会には、タイ王国駐日特命全権大使のサウィチェーン・ワッタナクン閣下ほか、広島の著名な方々をお迎えし、二国間交流の第一歩を踏み出しました。

訪タイ  主な事業は、タイ国訪問団の派遣(現在まで24回)、タイ国留学生との交流、帰国留学生との交流、女子中学生の学資援助、タイ国関連の講演会開催、タイ国からの来広者との交流、タイ語会話教室の支援などです。

 現在、当協会が主として交流しているのは、タイ王国国王管理社会福祉国民会議(THE NATIONAL COUNCIL ON SOCIAL WELFARE OF THAILAND)です。この組織は国王の意志を受けて設立され、『正義の黄金の国』プロジェクトに取り組み、道徳的・社会的・経済的開発に力を尽くしていくため、タイ国全土の福祉・慈善・教育・文化・仏教等の約900の団体を統括し活動している、国王直属の半官半民の機関です。

里子  この団体との交流を通して、より密度の高い交流事業を展開しています。過去の特別な事業としては、1994年3月、バンコクで『永遠の平和』シンポジウムと原爆展を開催しました。各界各層の代表者200名の出席を得、マスコミ等にも大きな反響を巻き起こしました。『平和』の原点は『優しい心』との認識から、日本人の優しい心を伝えるため、学資援助事業を始めました。タイ北部を重点地区とし、恵まれない環境にある女子に対し中学3年間の学資を援助しています。現在募金総額は5600万円を超え、里子数も延1454名になりました。現在援助地域は広がり、タイのほぼ半数の県に及んでいます。

また、経済的支援の一環として1996年2月、パヤオ県メーチャイ市シートーイ町に『米貯蔵庫』を建設し寄贈しました。種籾の貸付をする米銀行として、運営されています。

 1999年、日本人がタイ国をどの様に見ているか、また日本人はどんな考え方をしているかを知ってもらうため、タイ国内でタイ語版の『日本から見たタイ』という小冊子を2千部発行しました。また、日本国内でも日本語版を3百部印刷し、広島県内の関係方面に配布しました。

更に、高齢者の健康増進のためゲート・ボール普及事業にも協力しました。指導者育成のため体育大学副学長を招待し、南観音公民館で研修。帰国後東北地方のウドンタニ体育大学内に高齢者センターを設置、ゲート・ボール普及の拠点が出来ました。2004年末のインド洋大津波の際には、南部パンガー県に仮設住宅を2棟寄付し、被災者救済の一助を担いました。この二つの事業は、山陽高校と南観音地区住民のご協力をいただきました。

(2012年6月1日現在)

広島日タイ友好協会 役員について

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受賞 1994年12月、国王が日下善暁会長(当時)にマヒドン・ワラヌソーン賞を授与。
1996年4月、社会福祉国民会議が当会を特別名誉会員として表彰。
1997年11月、国王が鈴木章純事務局長にマヒドン・ワラヌソーン賞を授与。
1999年、多田チャニントーン常任理事がアジア交流賞を受賞。
2007年8月より3年連続、ソムサワリー皇太子妃殿下が当会に感謝状を授与。
2011年2月、広島国際文化財団が、当会に国際交流奨励賞を授与。
2011年10月、国王が登世岡浩治顧問にマヒドン・ワラヌソーン賞を授与。
2011年10月、タイ国首相が多田チャニントーン常任理事にボランティア賞を授与。